―――ある日の松陰塾。
豪快に外にまでベースとドラムの音が鳴り響く。その音を断ち割り、響き渡る若者の声。
「あああーーーーっ!違う、違う、違う!くっそ、こうじゃねえ!」
「晋作、落ち着いて。落ち着かないから、指の動きがぐちゃぐちゃですよ」
ベースを奏でる高杉の指に桂は自分の指を重ねる。
白くほっそりとした指が、高杉の指を力強く、しっかりとした
「こうですよ、まずは形をしっかり覚えて。
難しい演奏を、いきなりやろうとしたって無理です」
「でも桂さん」
「でも、は許しませんよ。桃栗三年、柿八年。石の上にも三年。
どんなに辛くても、練習なくしてロックの道はありません」
「三年なんて長すぎるぜ。そもそも、オレ様に練習なんて似合わねぇよ」
「ふー、やれやれです。いいでしょう。それならば、これを着なさい」
側にあった箪笥から、何やらゴソゴソ、ギシギシと音を立てる物が取り出される。
ブランと伸びたバネと繋がる歯車。
嫌な予感が高杉の脳裏をよぎる。
あの日、あの時、桂の実験に付き合わされた日々。
何度聞いたであろう恐怖の台詞「それならば」を。
「こ、、、こ、これは?」
「私の発明、ロック
まず筋肉の動き一切を演奏以外の事に使えないようにし、固定した所で、
負荷をかけ始めます。一日一厘の負荷がかかり、二日で二厘、三日で四厘、五日で
八厘、倍々となっていきます。その間、徐々に負荷に慣れていく晋作の体は、
演奏に特化した筋肉と動きを獲得していきます。一ヶ月後には、
ロック
「練習あるのみ!やるぞぉお!」
「晋作、いいから着なさい。その方が速いです」
「いやいや桂さん、努力無くしてロック無しだ!やってやるぜ!」
何やらわけの分からない汗をかきながら、
本気で嫌がる高杉に、強制君を着させようと悪戦苦闘する桂の前に立つ姿が一つ。
「ほほう、やっとるようじゃの」
そこにはファンキーな出で立ちをしたモジャモジャ頭があった。
「松陰先生!」
「練習とは感心じゃ。
この分なら、わしのロック魂を受け継げるようになるのももうすぐかのう」
「
「さすが先生だぜ。オレ様も早く一緒に回りたいぜ」
「嬉しいのお。まあ二人とも今はしっかりと精進せよ。
「はい!」
「“No Passion No Rock(熱情無くしてロック無し)”
ま、この点だけは及第点じゃがの」
にんまりと笑う松陰の笑顔につられ、二人とも自然と笑顔になる。
誰しもが好きになる、そんな不思議な魅力が備わった笑顔だった。
「先生、しばらくこちらにはおられるのですか?」
「そうしたい所じゃがの。旧友からの誘いで、江戸へ行かねばならん」
「江戸ですか?」
「先生、是非オレ様にお供させてください」
鼻息も荒く、前に出てくる高杉に、松陰が申し訳なさそうに、頭を軽く下げる。
「晋作、すまんのお。そうしたい所じゃが、青春時代を共にした友に会いにいくだけじゃ。二人はわしが留守の間に、えーと、ほれ、これを演奏できるようになっておくように」
袖の中から松陰が取り出したのは譜面だった。
「むむ……この楽譜は、晋作、これはかなり練習が必要ですよ」
「先生!桂さん!任せてくれ。絶対に、ものにしてみせる!」
「オレ様に練習なんて似合わねぇって、言ってたのはどこの誰でしたっけ?」
「だあぁぁあ!桂さん、それは言葉の“あや”ってやつだ。
オレ様にはロックの道あるのみ!」
「ふおっふおっふおっ。その意気じゃ。そうじゃ、二人とも風呂でもいかんか。
今日は汗をかいた。さっぱりして、酒の肴に何かおいしい物でもつまみたいのぉ」
「いいですね。練習の汗を流したいと思っていた所です」
「もちろんだ!先生、オレ様が腕によりをかけて作ります!
よし、桂さん、風呂まで競争だ!」
「あ!晋作、ずるいですよ!待ちなさい!」
「まてーい!まだまだ若い者には負けんぞおぉおお!」
夜も更け、松陰塾に灯った明かりが、楽しそうに談笑する師弟の影を映す。
―――いつもの光景、いつもの日々。
いつか思い返す思い出の日々。